Qなぜ耳を育てるの?

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

耳は五感の中で最も早く成長する器官です。​別の言い方をすると子供のうちにしか耳の能力は育ちません。

だから音感を身につけるには耳の黄金期に音楽を始めることが大事になります。大人になってから「やっぱりいい耳が欲しい!」と気づいてからでは遅いのです。はじめてピアノの会の大人の方が一番におっしゃるのが「子供のうちに耳を鍛えておきたかった」。耳の能力は時期を逃すと努力では取り返せません。

Qレッスンは何歳から始めればいいの?

耳や音楽は環境と習慣です。耳の発達を考えれば3歳からで間に合いますが、その前に「同じ場所で」「同じお友達と」「同じ他人(先生)」に定期的に合って信頼関係を作る練習から始めるのが望ましいです。ですので早い方が環境が作りやすくゆっくり慣れていただけます。3、4歳でもピアノもすぐに鍵盤に向き合うのではなく、一旦リトミックで音の聴き方や即時反応を体感してその後ピアノに移行していくのがスムーズです。

Q音楽にはどんな風に耳が必要なの?

日本で流行っている絶対音感は世界では特に求められていませんが、正しい音程を取る、メロディーやハーモニーを聞き取る、覚える能力は演奏には絶対不可欠な能力です。正しい音程を取れるとカラオケなどでも役に立ちますね。

  

Q音楽家にならなくても耳はいい方がいいの?

実は耳を育てることは様々な能力を育てることにつながっています。聴くということは集中することです。

短時間で人の話を理解したりそれを正しく記憶する力もまた耳の能力の一つです。知識を得る上でも思考する上でもコミュニケーションをとる上でも役立ちます。語学の習得に有利なのはいうまでもありません。

専門家になるのも良し、趣味で楽しむのも良し。「耳の早期教育」は色々な形でその後の人生を形成します。

Q耳以外で大人になってから身につかない音楽の能力って?

一つはリズム感です。リズムは頭ではなく体で覚えるもの。リズム感もぜひ子供のうちに身につける必要があります。もう一つはクラシック音楽への親密性。クラシックは大人になってしまうと敷居が高く感じられる可能性があります。でもクラシックはすべての音楽ジャンルの基本。その中でもハーモニーを奏でられるピアノが基本です。子供のうちに親しんでおくとクラシックコンプレックスも拒絶反応も生まれません。

  

Q人生を楽しむことと音楽を習わせることの関係は?

音楽を楽しむこと自体がα波を生じさせ情緒を安定させます。また音楽は目に見えない世界を想像することもできますし自分独自の世界を形成することもできます。演奏する人にしか味わえない達成感や深い感動を得ることも出来ます。お友達とのアンサンブルでは、協力の大事さ、難しさ、楽しさを学び、音楽のような心の絆を強める習い事では先生とも生涯のつながりが出来ます。難しい曲にチャレンジすることは、自分の成長を楽しむことでもあります。

Q考える力と音楽を習わせることの関係は?

ピアノが脳を発達させるという実証データはたくさんあります。たとえば学習塾、英会話、習字、スポーツ系などの習い事におけるHQ(人間性知能)の効果はそれぞれ同じような数値ですが、ピアノだけ突出して高いのです。

音楽は感性のものと思われがちですが、演奏には非常に論理的な思考が必要になります。難しい楽譜を読んで演奏を実現するということは、頭と体(両手両足指先)と心を同時に使うことです。これによってワーキングメモリーが発達します。それによって思春期にピークを迎える脳の司令塔と言われる前頭葉が発達します。

Q音楽好きな子のメリットは?

夢を持って夢を叶えようとすることは人間の楽しみです。理想の演奏という夢に向かって努力をすることで、自ら考え、物事を整理し、挑戦し、諦めず、忍耐し、継続する力を養ってくれます。

はじめてピアノの会には80歳以上の方が沢山いらっしゃいます。皆様がおっしゃるのは「生きがいがあってよかった。ピアノがあって幸せ」というセリフです。頭が良くなる、コミュニケーションが上手いということよりもっと大事なのは「自分で幸せだと感じること」ではないでしょうか?

いつかお母さん、お父さんがこの世からいなくなった時にも子供のうちに養った音楽の素養は、その子供の生涯を支えます。

Qその他に音楽をやっていて大人になってから役立つことは?

巣立っていった生徒さんたちが口を揃えて役立っていると言うのが「人前での自己表現力」です。

大きな仕事、多くの人の前でのプレゼンテーション等は、まさに発表会。計画を立て、抜かりなく準備をし、一発本番で集中して物怖じせずに堂々と表現する力は、小さい頃から発表会で演奏することで慣れています。プレッシャー

のかかる機会でも「発表会に比べれば、日本語で出来るしどってことない」と思える経験になっているようです。